2009.6 第27号
 
職場探訪   福山税関支署 
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職場探訪
福山税関支署
【福山税関支署の沿革と概要】
 福山税関支署は、昭和41年4月に尾道糸崎税関支署福山出張所として発足し、平成17年7月に福山出張所が福山税関支署、尾道糸崎税関支署が尾道糸崎出張所に組織変更され現在に至っています(尾道糸崎税関支署は、明治32年4月に神戸税関尾道監視署として設置。)。
 福山税関支署は、福山港、竹原港、土生港、尾道糸崎港の4つの開港を管轄し、福山港には福山税関支署、竹原港には竹原出張所、土生港には因島出張所及び尾道糸崎港には尾道糸崎出張所を設置しており、広島県の福山市、府中市、三次市、庄原市、尾道市、三原市(本郷町を除く)、竹原市、神石郡、世羅郡、岡山県の笠岡市、井原市、愛媛県の越智郡を管轄区域としており全国の税関支署でも珍しい三つの県にまたがっています。


【福山港】
(概況)
 福山港の歴史は、江戸時代に福山城築城に際し、壕と海とを結び開削したのが始まりで、近年工業港として発展していましたが、平成8年にコンテナ定期航路が開設されたことにより、現在では工業港と商業港の二つの顔を持った瀬戸内有数の貿易港となっています。
 工業港としての歴史は、昭和36年に日本鋼管鰍フ福山市への誘致が決定したことに始まり、高度経済成長の建設ブームや自動車等鉱工業生産の増加に伴い輸出入貨物量が急速に拡大し、同38年には重要港湾に昇格、同41年には開港指定となりました。
 (平成15年4月、日本鋼管鰍ヘ川崎製鉄鰍ニ合併してJFEスチール株ュ足。)
 一方、商業港としての歴史は浅く、その顔であるコンテナ定期航路は、阪神大震災の翌年に韓国及び中国航路の開設が実現してからであり、コンテナ貨物の中心は地場産業関係の繊維製品などです。

(貿易)
 30年前との対比
    総額(百万円) 貨物の金額構成比
輸出 昭和53年 177,680 鉄鋼 99%        
平成20年
(対比)
563,203
(317%)
鉄鋼 90% 科学光学機器 2% 織物用糸及び
繊維製品
2%
輸入 昭和53年 131,305 石炭 50% 鉄鉱石 47% とうもろこし 1%
平成20年
(対比)
535,867
(512%)
石炭 37% 鉄鉱石 33% 衣類及び
同附属品
11%

【福山の観光スポット・名産品等】
(福山城)
 徳川家康のいとこの初代福山藩主・水野勝成が元和5(1619)年に築き、昭和20年の空襲でほとんどが焼失しましたが、昔日の姿を留める伏見櫓、筋鉄御門は国の重要文化財に指定され、またその城跡は国の史跡として保存されています。
 現在の天守閣は昭和41年に再建されたもので、天守閣の内部は博物館になっており、福山の歴史を紹介しています。

(鞆の浦)
 沼隈半島の先端にある鞆の浦は、仙酔島、弁天島などの小島が浮かぶ瀬戸内海でも有数の景勝地で、古くから潮待ちの港町として栄え、朝鮮通信使に「日東第一形勝(日本で一番の眺め)」と言わせた美しい景観とノスタルジックな町並みが歴史を感じさせ、春に行われる観光鯛網は大勢の観光客で賑わいます。

(琴)
 「福山琴」は、江戸時代から生産され、明治時代以降量産されるようになり、全国の約7割のシェアを占めており、日本一の琴の生産地となっています。
 昭和60年に楽器として初めて国の伝統工芸品に指定され、宮城道雄の名曲「春の海」は鞆の浦をモチーフに作曲されたといわれています。

(くわい)
 芦田川の水と豊かな土壌に豊富な有機物が作用してできる「福山くわい」は、日本一の出荷量を誇っています。
 その特徴は、青くわいで、塊茎は正円型、あざやかな青藍色であり、肉質がしまりすばらしい食味をしており、正月のおせち料理やお祝い料理には欠かせないものになっています。

[福山港] [福山税関支署](福山湾合同庁舎)
[福山城] [鞆の浦]
[琴] [くわい]

【竹原港】
(概況)
 竹原港は、広島県瀬戸内側のほぼ中央に位置する港で、広島空港や山陽自動車道河内ICにも近く、昭和46年に広島県で6番目に開港した県内で一番新しい開港です。
 竹原港の歴史は、江戸時代に塩田業が盛んであったころから塩や年貢米の積出港として栄え、昭和になって、塩田跡地に銅の製煉所が進出し、その後も、瀬戸内のみかんを利用した缶詰工場や赤土を利用したレンガ工場など地元資源を生かした企業とともに発展し、さらに、原木を輸入する製材業者が進出し、高度経済成長を見越しての電力不足を補うための発電所も建設され、発電用石炭も輸入されるようになり、地元の強い要望により開港指定されました。
 入港隻数は、経済情勢の変化、船の大型化など物流の変化により最盛期とくらべ減少傾向にありますが、竹原市市制施行50周年の記念すべき年である平成20年に、開港以来3,000隻目の入港船を迎えることができました。

(貿易)
30年前との対比
総額(百万円) 貨物の金額構成比
輸出 昭和53年 905 97%
平成20年 0
輸入 昭和53年 7,559 銅及び同合金 34% 丸太 34%
平成20年
(対比)
38,704
(512%)
石炭 98% 化学製品 2%

【竹原の観光スポット・名産品等】
(竹原町並み保存地区)
 江戸初期に開かれた塩田経営で栄え、豪商の面影を残す江戸時代の町家がそのまま残り、狭い石畳の小路には、塗籠壁や格子窓、棒瓦など日本的な情緒が漂っていることから「安芸の小京都」と呼ばれ、歴史散策やそぞろ歩きを楽しむ人が訪れています。

(魚飯:ぎょはん)
 魚飯は、製塩業を営む浜旦那衆の間で、塩田が栄えていた1650年ころから祭事や饗応料理として約320年間も食され、塩田業衰退後「塩田と共に消えた幻の料理」となっていたものを、地元有志により復活させた料理で、浜焼きにした旬の白身魚をほぐし、錦糸玉子、海老、椎茸など彩りを添え、だし汁をかけて食べる竹原の古い郷土料理です。
 味は、「何だかとらえどころのない味であるが、「鯛飯」や「鯛茶漬け」よりも深い味わい。」と称されています。
[竹原港] [竹原出張所](竹原港務所2階)
[竹原町並み保存地区] [魚飯]


【土生港】
(概況)
 土生港は、昭和30年以降、因島の地場産業である造船所を囲む海域で、多くの修繕船の入出港や新造船の輸出港として、栄えてきた特色ある港で、昭和43年に開港指定されました。
 しかし、造船界と共に歩む土生港は、昭和60年からの造船不況に連動するように入港船も激減するなど造船業界の好不況が港の活性化に直接影響を受けてきましたが、平成 15年以降、造船業界が景気回復へ向かい、以降、修繕船の入港隻数が毎年増加するなど、各造船所が、岸壁の延長、工場の拡大へと再び港の活性化へ向け整備が進められています。

(貿易)
30年前との対比
総額(百万円) 貨物の金額構成比
輸出 昭和53年 96,612 船舶類 98%
平成20年
(対比)
62,608
(65%)
船舶類 99% 鉄鋼 1%
輸入 昭和53年 71,157 機械機器 99%
平成20年
(対比)
5,145
(7%)
船舶類 92% 金属製品 7%

【因島の観光スポット・名産品等】
(因島)
 室町から戦国時代にかけて、瀬戸内海を制覇した村上水軍の本拠地となったのが因島で、島の各地に水軍ゆかりの地が点在し、「水軍鍋」と呼ばれる郷土料理が名物となっています。
 また、かんきつ類の「はっさく」の発祥地で、島のはっさくは甘みが強くさわやかな味で、「はっさくゼリー」や「はっさくマーマレード」が有名です。
[土生港]  [因島出張所]
(日立造船因島工場監督事務所2階)
[水軍鍋] [はっさくゼリー]

【尾道糸崎港】
(概況)
 尾道糸崎港は、瀬戸内海のほぼ中央に位置し、東西18kmにわたる細長く広範な港湾区域を有しており、古くから瀬戸内航路の拠点として、また広島県備後地域と四国及び周辺島嶼部とを結ぶ海上交通の要所として栄えてきており、開港(糸崎港)の歴史は古く明治33年に指定されています。
 尾道糸崎港は、糸崎、尾道、松永の三港区から成っており、昭和38年の広島県備後地区の工業整備特別地域指定後は工業港として発展を遂げ、平成5年に策定された港湾計画に基づき、木材取扱拠点としての機能強化や、港湾機能の高度化と一体となった賑わいのあるウォーターフロント空間の形成など地域の要請に応じた整備を各港区で進めてきています。

(貿易)
30年前との対比
    総額(百万円) 貨物の金額構成比
輸出 昭和53年 136,575 船舶類 86%  一般機械 9%    
平成20年
(対比)
249,785
(183%)
船舶類 92% 有機
化合物
2% 衣類及び
同附属品
1%
輸入 昭和53年 20,702 丸太 66% 機械機器 7% 織物用繊維
及びくず
5%
平成20年
(対比)
42,288
(204%)
金属製品 47% 木材 30% 穀物及び
同調製品
15%

(糸崎港区)
 背後の三原市は山陽道の中央に位置し、1582年に小早川隆景が三原城を築城して以来城下町として栄え、1864年には、松浜港として船だまりが築造され、古くから主要な宿場として、また海路の要衝として栄えてきました。
 明治33年には特別貿易港となり、大正11年には内務省の指定港に編入され、昭和11年、三原市、糸崎町ほか4村合併による三原市政施行とともに、糸崎港と三原港が一体となり、内海諸島や四国の交流拠点として発展してきました。

(尾道港区)
 尾道港は、背後地の浄土寺、西国寺、千光寺の三山と、前面の向島との間に横たわる尾道水道にあり、616年に聖徳太子が開いたと伝えられる浄土寺は、この頃すでに尾道が港として使われていたことを示しており、足利幕府の時代には外国貿易が盛んに行われ、海運業者の活躍の拠点でもあり、江戸時代には、内海の商業港として発展し、1741年には築港計画が立てられ、現在の住吉浜を埋立てて係船施設が築造され、今日の港の基礎が形成されており、古来から天然の良港でした。

(松永港区)
 松永湾は、諸河川から流出した土砂が堆積し、付近の陸域や島によって囲まれた遠浅の湾で、古くからの海上交通に利用され、1600年代には各地で塩田が開かれ松永塩の名声を高めていました。
 塩の運搬は、専ら海運によって行われ、明治中期には木履工業が起こり、アメリカなどから原木を輸入するための港湾施設整備が求められ、昭和31年6月には地方港湾の指定を受け、同39年10月には重要港湾である尾道糸崎港へ編入され、国内有数の木材港としての整備が進められています。
【尾道の観光スポット・名産品等】
(千光寺公園)
 標高136.9mの千光寺山山頂から中腹にかけて広がる公園で、山頂展望台からは尾道市内はもちろん、天気がよければ瀬戸内海の島々や四国連山までの美しい景色が眺められます。
 ロープウェイ山頂駅から千日稲荷まで続く全長約1kmの「文学のこみち」は、正岡子規、林芙美子、松尾芭蕉などの尾道ゆかりの文人墨客の句や文章が刻まれた25の石碑が並ぶ遊歩道となっており、のんびりと散策を楽しめる場所です。

(尾道ラーメン)
 尾道ラーメンは、尾道市を中心とした広島県備後地方のご当地ラーメンで、店ごとの独創性があり厳密な定義は難しいらしく、「醤油味をベースに、豚の背油を使用」、「瀬戸内海の小魚によるだしを加えた鶏がらスープ」、「歯ごたえのある平打ち麺」、「ネギ、チャーシュー、メンマを具材として使用」というような特徴が多く見られます。
[尾道糸崎港(尾道港区)] [尾道糸崎出張所](尾道地方合同庁舎)
[千光寺公園]  [尾道ラーメン]
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トピックス
 ◎大型広域監視艇「おき」就役式

 4月28日、境税関支署に新規配備された“大型広域監視艇「おき」”の就役式が、境港市内の夢みなとタワーにおいて挙行された。

 日本海側で多発する大口の覚せい剤等密輸入事犯を水際で阻止するため、同支署に配備された「おき」は、日本海の高波にも強い安定性を保ち、高速性にも優れた「ステップバウ船型」を採り入れており、横浜市内の造船所で建造され、本年3月27日に引き渡された。

 就役式には、地元自治体や取締関係機関等から29名の来賓の方々をお迎えし、鳥取・島根両県知事の祝辞等が披露された。

 式典終了後は汽艇桟橋に移動し、来賓代表によるテープカットや船長による御神酒の儀が執り行われた。

 
◎税関モニター意見交換会
 4月7日、本関10階会議室において、平成20事務年度・税関モニター活動の締めくくりとなる「意見交換会」を実施した。
 
 税関モニター8名に対しては、税関の組織や業務に対する理解を深めていただくため、昨年9月から本年2月にかけて、広報展示室及び本関庁舎の見学案内、各部の業務概況説明を実施するとともに、監視艇「こうべ」による海上巡回や、コンテナ検査センター、麻薬探知犬管理センター、分析室等の見学会を実施し、実際の現場を肌で感じていただいたところである。

 今回の意見交換会では、これら見学会等を踏まえ、税関に対する率直的なご意見・ご要望を伺おうとするものであり、各税関モニターからは「人体に悪影響を与え、暴力団の資金源となる社会悪物品については、絶対に国内に入れないという強い気持ちで取り組んで欲しい」「港町こうべの資産としての本関庁舎活用」などのご意見をいただいた。
 また、広報活動についても「積極的PRを行なうとともに、より親しみやすいホームページ作りを心掛けること」、「駅や街頭だけではなく、学校や公共施設においても啓蒙活動が必要」等のご意見が寄せられ、改めて税関に与えられた使命及び役割の重大さを認識した一日となった。

 最後に棚橋税関長から、「税関モニターとしての委嘱期間は終了しますが、これからも税関にアドバイスや要望をお寄せ下さい」とお願いし、意見交換会は終了した。


 
◎各地からのキャンペーンリポート
姫路
6月2日(火)
山陽百貨店前
水島
5月12日(火)
イオン倉敷
広島
5月15日(金)
広島市中区本通(パルコ前)

5月18日(月) 
呉中央桟橋ターミナル
福山
5月15日(金)
JR福山駅
今治
5月30日(土)
フジグラン今治店
高知
5月8日(金)
高知市帯屋町商店街
尾糸
5月13日(水)
JR尾道駅
宇野
5月16日(土)
宇野港

 
◎ミシガン州立大学生を受入れ
 5月26日、来日中の米国ミシガン州立大学生25名を受け入れ、我が国の関税制度や港湾物流状況について説明を行い、活発な意見交換を行った。
 その後、近代化産業遺産にも登録されている歴史的建造物でもある本関庁舎の見学案内を行った。
本関庁舎屋上にて
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「税関古掘れ話」
 「税 関 旗」
 各税関庁舎の屋上に掲げています日の丸を青白に染め分けた旗は、全国の税関で統一して使われている税関旗です。この旗章は横浜税関において考案され、日の丸を対角線で青・白に分け、青いところが“海と空“、白いところが“陸地”を表し、その接点に税関があることを意味しています。

 明治4年10月27日、太政官布告によって正方形の白地に青色2本の対角線をひき、これを中央の赤丸で排除した税関旗章が初めて生まれました。
 明治6年、海軍の旗章が改められ、日本国内では日の丸の旗章を掲揚することが禁止され、翌明治7年2月20日、大蔵省租税頭達により長方形の赤字の旗章を用いられることになりました。この旗章もたちまち火薬運搬船の標旗とまぎらわしいということで、同年7月、横浜税関から租税頭にその改正が稟議され、同年8月23日、長方形の白地に税関の黒字を染めぬいた旗章に変更されました。
 明治15年2月23日、関税局において、税関監視艇の種類毎に異なる税関旗章が定められ、小型蒸気船には大きな日の丸、バッテーラ(小船、短艇、ボート)には小さな日の丸、日本型小船には従来のものが使用されることになりました。

 その後、明治25年8月3日になって、ようやく現在の税関旗章が大蔵省告示第37号をもって制定されました。日章(赤い部分)は、地平線から登る太陽を意味していると言われています。
(「神戸税関百年史より」)
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今月の貿易統計
【平成21年4月分(速報値)】
(http://www.customs.go.jp/kobe/boueki/00boueki_top.html)

神戸港    輸出  3,434億円(前年同月比▲33.4%) 7ヶ月連続マイナス
         輸入  1,913億円(  同  ▲27.0%) 6か月連続マイナス

全 国     輸出  4兆1,969億円( 同 ▲39.1%) 7ヶ月連続マイナス
         輸入  4兆1,280億円( 同 ▲35.8%) 6ヶ月連続マイナス
                   (%は前年比伸率、▲は前年同月と比べた減少)
一口メモ 
 神戸港における平成21年4月の輸出入総額は、前年同月比31.2%減の5,348億円で、7ヶ月連続のマイナスとなり、本年2月以降、3か月連続で30%を超えるマイナスとなっています。減少幅は、2月を底に、3月、4月と2カ月連続で縮小しましたが、なお低水準であることに変わりはありません。

 輸出は、建設用・鉱山用機械、自動車、荷役機械、プラスチックなど、好調時に神戸港の輸出額の増加をけん引した品目が、そろって大幅減となっています。いずれも、昨年9月の「リーマンショック」以降の、世界的な不況の影響を受けた格好ですが、特に、建設用・鉱山用機械、自動車は、それぞれ64.7%減、70.0%減と前年の3割程度まで減少しており、需要が“蒸発した”とまで言われる厳しい経済情勢を物語っています。

 一方、輸入は、原材料価格の下落による減少が顕著になっています。小麦などの穀物及び同調製品、コバルト、ニッケルなどの非鉄金属、モリブデンなどの非鉄金属鉱及びくずなどがその主なものですが、通関単価は、いずれも、前年同月の半分以下にまで下落しています。それに加えて、不況による企業の生産活動の低下で、原材料品の需要自体が減っていることも減少要因の一つです。一頃の原材料価格の高騰も、“今は昔”の感がありますが、長期的には、新興国の経済成長などで、再び上昇するとみられています。今のうちから、地球にも財布にも優しい、「エコ」な生活を身につけておく必要がありそうです。

【貿易トピックス】
◎〜古くから親しまれている菜種油〜 「菜種」の輸入
 4月から5月にかけて、一面に広がる菜の花畑はかつては日本の代表的な春の風物詩であり、日本人にとって郷愁をそそる風景のひとつでした。

 菜種から採られる菜種油は、植物油の中でも古くから親しまれ、国内での生産量、消費量ともに最も多くなっています。原料の菜種は、かつて100%の自給率を誇っていましたが、安い外国産の輸入により国内の生産量は減少し、現在の自給率は0.1%以下となっています。
 神戸と菜種は古くから結びつきがあります。江戸時代、菜の花の咲く淡路島で収穫した菜種を対岸の兵庫灘に集め、六甲山地から流れ落ちる大小の河川の水を利用し、灘目と呼ばれる地方に多く作られた「灘目水車(なだめすいしゃ)」で粉に挽き、それから菜種油を搾り、灯火用の油として「江戸積問屋」を通じ「菱垣回船(ひがきかいせん)」で江戸へ回漕していました。

 神戸港における輸入実績をみると、2008(平成20)年、数量ベースで過去3番目、価格ベースでは過去最高となっており、全国シェアは、数量ベースで10年連続、価額ベースで5年連続して日本一となっています。
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