2006.3 第12号
 
職場探訪   業務部 収納課 
TOPICS   税関にまつわる最近の情報です
友の会(今月の投稿)コーナー   皆様の参加コーナーです(投稿・歓迎いたします)
連載「税関古掘れ話」   税関に関する古いお話です
貿易統計情報   外国貿易統計のトピックスを紹介します
お知らせ   今月はお知らせです
 
 
職場探訪
◎業務部 収納課

 「収納」というと、皆さんは、片付けや物を整理することをイメージされるでしょうか。しかし、「業務部収納課」では、関税等の税金や保税地域の許可手数料等の歳入金を収納することを言います。当課の主な業務は、他に「関税等の滞納処分」、「輸入貨物に係る許可・承認」等があります。というと「堅い。」「難しそう。」という印象をもたれるかもしれません。確かに、1円でも合わないと数字とにらめっこになりますし、期限までに納付されない場合には預金を押さえたり土地を公売したりもします。銀行や税務署みたいですね。

 そういった収納課の業務の中から、今回は、【輸入酒に係る酒類の種類等の表示】の取扱いについてお話をしたいと思います。

 販売用の輸入酒類には、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」により、容器又は包装に、@輸入者(酒類販売業者)の住所及び氏名又は名称、A引取先の所在地、B容器の容量、C酒類の種類(品目のあるものは品目)(「酒類の種類一覧表」参考)D酒類の種類に応じた表示事項(アルコール分、発泡性を有する旨の表示等)を表示しなければならないこととなっています。

 酒類を輸入する酒類販売業者は、保税地域から国内に引き取るときまでに、「表示方法届出書」を所轄税関の業務部収納課に提出し、酒類の容器等に当該表示をすることになります。

 表示方法については、見やすい箇所に、明瞭に判読できる文字の大きさで表示すること等の他、次のような基準が定められています。
  ・ 「清酒の製法品質表示基準」(平成元年11月国税庁告示)
  ・ 「未成年者の飲酒防止に関する表示基準」(平成元年11月国税庁告示)
  ・ 「地理的表示に関する表示基準」(平成6年12月国税庁告示)
  ・ 「酒類における有機等の表示基準」(平成12年12月国税庁告示)
(国税庁ホームページ「酒類関係情報」   リンクは
コチラ)

 当課では、上記「表示方法届出書」の受理を行っています。また、通関担当部門では、酒類の輸入申告があったときは届出の有無を確認し、検査等を行った場合は酒類の表示の有無を確認することとなります。通関部門における確認及び検査の結果、届出がされていない場合、又は表示のないことが発見された場合、当課は輸入者に対して届を行う旨、又は適正に表示すべき旨の指導を行うこととなります。

 「酒類の種類の表示」の他、「納期限延長」「担保」「MPN等の納付方法」「保税地域手数料の納付」等についてもご不明の点があれば、ご遠慮なく当課にお問合せください。特に、「納期限延長」、「担保」の様式については、税関ホームページから取り出すことができるようになりましたので、ぜひご利用いただきますようお願いします。

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トピックス
◎神戸税関展(2/22〜27)6日間で1万4千人を集客!!!
        
 
  国民の皆様に税関行政をより身近に感じてもらおうと、2月22日(水)〜27日(月)の6日間、大丸神戸店で『さわって学ぼう 神戸税関展』を実施しました。

 毎年大人気のブランド品の本物・ニセモノコーナーは、前回より点数を増やし、約240点を展示。特に「さわって学ぼう」のコーナーでは、商品を手に取って熱心に見比べる来場者が多数見られ、関心度の高さを実感。

 そのほかにも、ワシントン条約該当物品のジオラマ展示、拳銃・覚せい剤等の密輸事例、模造麻薬、密輸手口の模型、返還紙幣、税関相談コーナー等を設置。また、初日と週末には大丸玄関前や1F館内巡回で税関展PRを行い、子供たちに大人気のカスタム君でした。

 同展は連日、テレビや新聞社の取材・報道があり、「ニュースを見て来ました。」と言われる方も多く、神戸税関を多くの方へPRできたのではないでしょうか。



                      ↓画像クリックで切り替え拡大↓ 
大丸デパート1Fをカスタム君。お散歩。
店員さんも含めての大人気ぶりで喜びの表情?!のカスタム君でした!
税関展会場
キ・キングコブラだっ!!!! 触って学ぼうコーナーは大人気でした
◎スプリングフェスタ in 神戸税関 3月12日開催!!
        

 今年で3回目となった春のカスタムスフェスタ、「スプリングフェスタin神戸税関」を3月12日に開催。

 広報室では、先の税関展でも評判の良かったコピー商品コーナーを増強。触れる点数を増やし知的財産権に対する理解を深めていただくため「STOP!ザ☆偽ブランド展」と銘打ち広報展示室に特設した。

 これは政府の知的財産推進計画の推進を図る観点からも行ったものです。

 また、神戸市の協力により、「*ファッションショー・神戸ドラフト4」も同時開催。昨年に続き2回目となる税関庁舎でのファッションショーは、若い女性に人気の2006年夏コレクションが披露され、庁舎1階アトリウム内には感嘆の声が響きました。夜には庁舎や中庭がライトアップされ、海外リゾート地のような幻想的な雰囲気に・・・。

 初めて神戸税関に来関された方々に税関をより身近なものとして親しみをもっていただけたことと思います!

今後も神戸税関では市や県が奨める地域活性化イベントにも積極的に協力していくつもりですので引き続き皆様の応援の程よろしく御願い致します。。
*「神戸ドラフト4」とは
 兵庫県下の生活文化産業の発展及び地域活性化のため開催されるファッションショー。
 また、同ドラフトは、2002年から始まり今回4回目となることから「神戸ドラフト4」と命名されている。
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友の会(今月の訪問者)

広報展示室見学
     鰍ィぐら屋様  

 春も近づき暖かくなってきた3月。ここ神戸税関広報展示室見学に来られる方達も増えてまいりました。
 今回はその中から、団体見学に来られた鰍ィぐら屋さんの見学模様をお届けいたします。
 
 大阪で寝具関係を扱う会社を営んでいる鰍ィぐら屋さんが3月8日、神戸税関に団体見学に来られました。社員旅行で行く神戸の町をインターネットで検索していたところ神戸税関広報展示室の存在を知り、将来的に、会社で海外との取引きも想定されることから訪れるに至ったとのこと。
 当初はがちがちに固そうで遠い存在だった税関のイメージ。
 見学を通して税関の仕事を学ぶにつれみなさんの素晴らしい笑顔に出会うことが出来ました。
画像クリックで拡大します

みなさんの感想
 
 「楽しい展示方法で硬いイメージだったが楽しむことができました!」
「僕たちの知らないところでで暮らしを守ってもらっている税関の仕事が日本にとって重要であることを感じました。」
「今度は近所の町内会の人も連れてきたいです!」 
  等,嬉しい感想を頂戴いたしました。
皆さんお元気で!!是非、またいらしてくださいね!!


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連載「税関古掘れ話」K
産業と貿易 


 日清戦争は、韓国に対する日清両国の意見の相違に端を発し、明治27年、1894年7月から翌明治28年4月の講和条約調印まで約10か月にわたり、約2億円という戦前の歳出合計の2.5倍の戦費を費やし、兵力動員数24万人、戦傷者1万3千人に及ぶ乾坤一擲(けんこんいってき)の大戦争である。この戦争の結果、日本は台湾及び澎湖列島の領土権と2億3,000万両(テール)、邦貨で3億5,000万円の賠償金を手に入れる。さらに、朝鮮の清国からの独立、蘇州・漢口の開放、揚子江沿岸の航路権を獲得している。

 この日清戦争が日本の産業や貿易にあたえた影響は大きい。まず、日清戦争末期から明治29年にかけて、熱病のように各企業の勃興が起こる。これは、莫大な賠償金流入に対する期待や、明治政府の積極的な事業計画などによって生じたものである。こうして戦後、銀行・鉄道・繊維工業・海運業等で事業の拡張、新設の機運が巻き起こるのである。

 しかし、やがて明治31年、34年にはその反動が起き、過度の投機の結果として恐慌となるが、ともかく、こうした経緯を通じて、日本の資本主義はその基礎を固めていく。少なくとも軽工業部門では、この時期に資本主義的工場生産が確立するのである。

 次に、日清戦争の大きな成果としては、金本位制の採用がある。明治30年(1897年)以前の日本の貨幣制度は金と銀の複本位制だったが、事実上は銀本位制だった。ところが、当時の世界情勢は、すでに金本位制に傾いており、明治25年、オーストリア・ハンガリーが金本位制を採用、翌明治26年にアメリカは銀の下落抑制措置であったシャーマン条例を廃止、銀本位国インド・ペルシャ・ロシヤの銀貨鋳造停止などが相次いだため、金銀の比価はますます銀に不利となる。明治初期には1対15であった金銀比価は、明治24年には1対21、27年には1対32.5、明治30年になると1対34.3にまで達している。銀貨の急激な下落は、当然ながら物価と為替相場を不安定にする。特に外国貿易は投機の一種になってしまうのである。明治26年10月に発足した貨幣制度調査会で貨幣改革の論議がなされるが、結論は出ず、結局、日清戦争によって獲得した賠償金が金本位制の採用を可能にするのである。こうして

「純金ノ量二分ヲ以ッテ価格ノ単位ト為シ之ヲ円ト称ス」

という貨幣法が交付され、日本は金本位国となる。金本位制の効果としては、物価変動の要因がなくなり、国家歳計の計画的立案が容易になること、為替相場の安定を通じて貿易の正常化がもたらされることなどである。また、金本位制が、先進国の金融市場との連携をもたらし、その後の外債の募集を容易にすることも挙げられる。戦後の日本の産業・貿易は、ここで、その後の発展の重要な基礎を獲得している。それでは明治30年当時の主な外国為替レートを見てみよう。

   アメリカ 1ドル=2.0061円
   メキシコ 1ペソ=1.0000円(金貨)
   イギリス 1ポンド=9.7633円
   フランス 1フラン=0.387円
   ドイツ 1マルク=0.4779円
   イタリア 1リラ=0.387円
   ロシア 1ルーブル=1.032円

 神戸でも、このころ川崎重工、三菱重工、神戸製鋼などの大会社の基礎ができあがる。川崎重工は、1878年、明治11年から東京の築地で川崎築地造船所を開業していた川崎正蔵が、明治19年に官営の兵庫造船局の貸与を受け、川崎兵庫造船所の看板を掲げたのがその始まりである。

 川崎正蔵は天保8年、1837年鹿児島の呉服商人の子に生まれ、1869年(明治2年)、薩摩藩士が設立した琉球糖を扱う会社に明治6年に就職し、大蔵省から委嘱されて琉球航路の調査を行っている。翌年の明治7年、日本国郵便蒸気船会社の副頭取になり、琉球航路を開設し、砂糖の内地輸送に成功する。この間、生死を分かつような海難事故に何度も遭遇した川崎は、自分の苦い体験を通じて従来の大和型船に比べて船内が広く、速度も速く、安定性のある西洋型船への信頼と近代的な造船業に強い関心を抱いたのである。

 「商戦は最初の5分間」というのが川崎の信条。100トン程度のランチの受注にも社長自ら走り回っている。納期厳守を売り物にして得意先を固めていく。日清戦争では、広島の宇品港に臨時の出張所を設け、軍艦の修理、改造を行っている。神戸では当時の新兵器、水雷敷設艇6隻を建造している。川崎造船所は明治29年11月、株式会社に改め、当時31歳の松方幸次郎を社長に据え、正蔵は顧問となる。創業時の資本金は200万円、従業員数は1,809人、敷地は3.79ヘクタール、機械設備は101台であるが、明治の末期、明治45年6月には資本金は5倍の1,000万円、従業員は5.9倍の10,658人、敷地は9.7倍の36.7ヘクタール、機械はなんと16.5倍の1,665台という異常な成長を遂げている。
川崎造船所 神戸製鋼所 三菱造船所

 一方、三菱重工は、明治20年4月、当時の三菱社社長岩崎弥之助が大蔵大臣伯爵松方正義に官営の長崎造船所の払い下げを申請し、同年6月代金45万9千円で許可を受け、明治26年ころから神戸進出を計画していた。当初、湊川河口の東川崎、東出町の土地買収を図るが、あまりに市街地に近いため拡張の余地がなく、また競争相手の川崎造船所に隣接していることなどで計画を変更する。明治30年初めに和田岬、今出在家町にわたる官有浜地の交換払い下げを受け、そこで和田神社の移転、漁師達の立ち退きを行い、明治32年7月、9.2ヘクタールの海面埋め立ての許可を取り、明治38年7月、計画から10年、ようやく三菱神戸造船所を開設している。このときの敷地は33ヘクタール、そのうち使用したのはわずかに5分の1.将来に備えて広大な土地を用意できたところに川崎との財力の差が現れている。創業時の従業員数は52人、しかし明治44年には約1,700人に増えているのは川崎と同様である。

 日清戦争当時の日本の商船の数は20トン以上のもので417隻、トン数で181,119トン。とても足りないので、明治政府は大あわてで外国船87隻、132,963トンを買い入れて急場をしのいでいる。この外国船は2千トン以上の大型船ばかりで、実際に使ってみると非常に強い。「やはり大型船を自国で作る必要がある」痛感した明治政府は、ついに戦後の明治29年「造船奨励法」と「航海奨励法」の二法を公布、自前船の育成に乗り出すのである。
 造船奨励法は、民間造船所が建造する700トン以上の鉄船、鋼船に補助金を出す大型船建造助成策であり、航海奨励法は、日本の海運業者が千トン以上の汽船を外国航路に就航させるための助成策なのである。
 小野浜造船所の支配人であるハンターが、明治14年4月に大阪に開いた日立造船の前身、大阪鉄工所とともにトップクラスの民間造船所三菱、川崎の三社は、この二法をバックにものすごい伸び率を示すことになる。神戸もこの二法のおかげで単なる“ミナト神戸”から重工業を持つ“近代港神戸”に変身していくのである。

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今月の貿易統計〜今月よりHP掲載の統計資料をリニューアルしました!〜

 

【2006年1月分】http://www.kobe-customs.go.jp/80boueki/00boueki_top.htm

神戸港 輸出 3,581億円 (前年同月比▲  2.2%) 26ヶ月ぶりにマイナス
輸入 2,278億円 (    同  + 15.9%) 20ヶ月連続プラス
全 国 輸出 5兆81億円 (    同  + 13.5%) 26ヶ月連続プラス
輸入 5兆3,570億円 (    同  + 27.0%) 23ヶ月連続プラス

一口メモ
 神戸港における輸出入の総額は5,858億円(前年同月比4.1%増)と、26ヵ月連続プラスとなりました。1月分としては過去最高であった1991年(平成3年)の5,749億円を15年ぶりに上回りました。
 輸出額は、26ヵ月ぶりにマイナスとなりましたが、建設用・鉱山用機械やプラスチックなどが好調で1月分としては歴代2位の額となりました。昨年を下回ったのは、昨年、台湾向けの鉄道車両や東南アジアや中国向けの工場設備用の金属加工機械が多く輸出されたことが影響しているためです。
 一方、輸入額は衣類及び同付属品などが好調であった中国が1月分としては過去最高を記録するなど堅調に推移し、20ヶ月連続のプラスとなりました。
 なお、神戸港の全国比は、輸出8.3%→7.1%、輸入4.7%→4.3%、総額6.5%→5.7%と昨年を下回りましたが、五大港でもシェアを拡大した港は少なく、自動車の輸出や原油及び粗油の輸入が好調であった港のシェアが拡大する傾向にあるようです。
【貿易トピックス】
 アジア地域で人気の高い「キャンディー」の輸出
一口メモ
 最近、大人を中心にキャンディーをはじめとする“駄菓子”の人気が復活していると言われています。様々な色・味のキャンディーは、子供はもちろん大人にとっても見ても食べても楽しめる良いものです。
 国内で製造されるキャンディーの大部分は自国消費されているようですが、一部は輸出もされています。日本製のキャンディーの包装は他の外国製に比べて見栄えがよく、また、中身の品質面での評価も高いことから、アジア地域を中心に人気が高く、昨年は全国では数量・価額ともに過去最高、神戸港では数量で過去最高を記録するとともに、数量・価額ともに日本一の港となっています
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お知らせ&イベント情報

 

◎「みなとKOBEの原風景」展からH

 昨年春に開催されたメモリアルフェスタでは、(財)人と防災未来センターの協力を得て、終戦直後から60年近く、神戸港や異人館等を独特のタッチで描き続けられている  元鉄道マン「宇佐美 重」氏の「みなとKOBEの原風景」特別展を開催しました。

 当日、ご来場できなかった方に、特別展で展示した懐かしい作品をシリーズで紹介します。



   
メリケンパーク
平成2年2月画

 昭和62年開港120年記念で中突堤・メリケン間が埋め立てられ、メリケンパークとなり、海洋博物館がオープンした

港の下町として、はしけや通船の基地として賑わっていたメリケン周辺は、異国の匂いや生活感のある港から親水公園へ変化

◎神戸税関庁舎画像

  
 今回は、宵の蒼い空と時計塔の写真をお届けいたします。
(平成18年3月14日19時撮影)
                  
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