2006.2 第11号
 
職場探訪   監視部 検察第3部門 
TOPICS   税関にまつわる最近の情報です
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貿易統計情報   外国貿易統計のトピックスを紹介します
お知らせ&イベント情報   今月はお知らせとイベント情報です
 
 
職場探訪
◎監視部 検察第3部門


 関税法は、関税の確定、納付、徴収及び還付並びに貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るための法律で、税関では、適正・迅速な通関のために努力しているところです。

 ところが、残念なことに麻薬の密輸や関税の悪質な脱税などが後を絶ちません。麻薬類の密輸調査については、時計塔通信第5号で紹介した監視部検察第1部門などが取り組んでいます。一方、関税の悪質な脱税の調査を行っているのが今回紹介する監視部検察第3部門です。

 脱税調査といえば国税局査察部をイメージされると思いますが、税関においても関税の脱税犯に対して同様に調査を行っています。

 関税の脱税調査は、取引当事者の一方が海外にあり、また、近年貿易形態も複雑化し極めて困難な作業となっていますが、国税局の経験者など6名のスタッフが、大口の脱税摘発が申告水準の維持・向上に寄与するとの立場で、日々調査技術の開発・向上を図り、チームワークとフットワークで脱税調査に取り組んでいます。
 また、監視部検察第3部門では脱税だけでなく、偽ブランド商品などの知的財産に関する不正輸入や盗難自動車の不正輸出などの違法な貿易取引に対する調査にも取り組み、適正な貿易の確保に努力しています。

 麻薬や拳銃などの密輸情報はもとより、関税脱税や不正商品の取引など不正な貿易取引に関する情報があれば、フリーダイヤル 0120−461−961 にお願いします。     
 
分解され輸出申告された盗難自動車の摘発事件   
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トピックス
◎ニート対策!キャリア教育
        
 新聞やTV等でよく目や耳にするNEET(ニート)という言葉。みなさんご存知でしょうか?NEETとは〔Not in Enployment,Education or Trading〕職業にも学業にも職業訓練にも就いていない(就こうとしない)人を意味し若者の勤労意欲の低下は日本の社会問題となっています。そういった実情に対処すべく神戸市では、子供たちの勤労観や職業観を育てる、いわゆるキャリア教育を進めていくこととなりました。
 このような背景の中、神戸市教育委員会の依頼を受け、神戸税関もキャリア教育人材バンクへ今年4月に登録
 そして11月には神戸市立歌敷山中学校、1月には東落合中学校、2月には長田中学校と次々と学校からの要請がありました。
 要請に応え学校に出張した税関職員により税関業務の話を交えながら仕事の素晴らしさ、やりがい等を伝えるべく講義を行いました。
 
 
神戸市立歌敷山中学校 神戸市立東落合中学校
神戸市立長田中学校
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友の会(今月の投稿記事)

フィリピンからの手紙   

 時計塔通信の愛読者の皆様へ
 現在、フィリピン財務省関税局にJICA税関専門家として派遣されている岸間と申します。よろしくお願い申し上げます。先般、神戸税関広報室長が来比され、じきじきに記事の投稿についてのお話がありました。お言葉に甘えて、本投稿にあいなったと、こういう訳でございます。
 「異国の仕事は大変ですね。」とよく人に言われます。社交辞令とは分かっていても「何が大変なんだろう?」と自問自答してしまう自分がいます(ということは、さほど大変ではないということ?)。
 ここでの仕事は、簡単にいうと「小さいキングギドラかな」と思います。と言っても、火を吹くわけでも、うろこがあるとか、顔が似ている(?)とかではありません。頭が三つあるという意味です。一つの頭はフィリピン関税局長官(=局長)、もう一つはJICAフィリピン事務所、最後の一つは日本の関税局です。何の因果かこの三つの身分証明書を持って、場合によって使い分けており、自分自身がときどき混乱してしまいます。
 当地は残暑が厳しく、(この原稿を書いている時点で)1月というのにまだ、最低気温で22〜23度、最高気温は30度を超えています。とは言うものの、自宅、移動中の車中、職場ともエアコンが心地よく効いているので、全く不都合は感じません・・・というか、暑いのはどちらかというと得意なので・・・(ネパールのルンビニ(お釈迦様の生まれたとされる所)で気温42度+高湿度のときは、さすがに参りましたが。)。聞くところでは、当地は一年中、夏だそうです(いわゆる「常夏」?)。そういえば、阿部公房の小説で第四間氷期というのがありました。別に、その中に出てくるわけではないのですが、過去の氷河期では、少なくとも、地球全体が氷で閉ざされるということはなく、赤道を中心にかなりの部分が温帯以上の気温・気候で残っていたそうです。「ここ(フィリピン)にいると、いつ氷河期が来ても安心だなあ。」と訳の分からないことを考えたりもします。
 フィリピンに来る前に、いろんな人がアドバイスをくれました。「日本でいるときの10分の1でしか仕事が進まないから、決してあせるな。」とか、都合のいいアドバイスしか覚えておりませんが・・・。そういえば、JICA税関専門家で3年目のUさんについて触れられた記事が月刊誌「ファイナンス11月号(財務省広報誌、大蔵財務協会編、平成17年11月号通巻480号)」に出ていました。ベトナム政府から日本関税局に対して栄誉ある賞を送られたそうで、Uさんが日本の税関当局と二人三脚で行なったベトナム税関への3年計画によるものと推察し、勝手に「すごいなあ。」と他人ごとのように感嘆してしまいました。Uさんはハワイの領事館と世界税関機構(本部はベルギー国ブラッセル)と勤務され、今回で3回目の海外勤務です。本通信第8号で寄稿されたMさんだって、インドネシアでのJICA税関専門家業務を立派に果たされ、バンコクに行かれる前の密輸情報分析センター(総括密輸情報調査官部門)の密輸情報調査官をされているときにも、覚せい剤に関するインテリジェンス・レポートを纏め上げられた、すばらしい実績をお持ちの方です。
 「私なんかが、Mさんの後に書いてだいじょうぶかな?」と、勝手に心配しています。神戸税関の広報の方が、適宜、不適切部分を削除・修文してくれることを期待して、乱筆無礼(ワープロで「乱筆」もないか・・・あれ?そういう意味だっけ?)で書き進めます。
 昨年は我が国にとって、戦後60年の節目の年でした。今年は日比国交正常化50周年ということで、昨年8月にアロヨ大統領は今年(平成18年)を「比日友好年」と宣言し、山崎・駐フィリピン日本国大使とロムロ・フィリピン外務大臣とで9月に「比日友好年運営委員会」を発足させています。当方も実績を挙げないといけないのですが・・・。
 話が変わって、まじめな話、関税局では、昨事務年度(「昨人事年度」とか、いろんな呼び方をする人がいますが、要は、平成15年7月〜16年6月。)税関分野のODA戦略の見直しを行ない、要は、計画的に結果の見える形でのODAをやろうということで、フィリピンをその税関ODA重点国のひとつに選定し、フィリピンと日本の税関当局間で三年計画をまとめました。それによると、重点分野は、「関税評価」、「原産地」の「知的財産侵害物品に対する国境取締り」の三つです。これらそれぞれの分野によって活動は変わりますが、センター機能を設けることなどを含むフィリピン税関への制度・機構に対する進言(勧告)をまとめたり、当地フィリピンで研修したり、研修教材を作成したり、見込みのあるフィリピン税関職員を日本に呼んで研修したりとかを計画的に進めています。
左からテベス財務大臣と岸間氏(筆者)
 これとは別にJICAとして、フィリピン税関への援助計画の策定を行なっており、重点分野としては「事後調査」、「フィリピン税関情報システム」及び「知的財産取締り」の三分野です。「関税評価」と「事後調査」は関連が深く、「知的財産」については、全く被っています。JICAのプロジェクトでは、日本の関税局のODAと違って、機材の費用が出せるとか、研修生のフィリピン国内の渡航費や滞在費、研修会場費が出せるなどの違いがあり、うまく組み合わせると、より効果的な援助ができます(現在は「援助」という言葉ではなく「協力」と言う事が多いのですが、混乱を避けるため、あえてここでは援助と言っています。)。日本の税関の中で、英語でこれらの専門分野のアドバイスや講義を行なえる人が限られているため、例えば、オーストラリアのキャンベラ大学の関税消費税研究センターのセンター長をされているハリソン教授等と人材提供についての検討も行なっています。
 「フィリピン税関情報システム」は、フィリピンにおける通関情報のデータベースで、検査情報やリスク分析も行なうことも視野に入れたものです。あらあらの数字で10億円規模になるため、日本政府による直接のグラントになる予定です。これを実行するための三回の調査は、JICAが行なうことになるとされており、予備調査は昨年初めに終わっております(税関当局からは(現)S・横浜税関監視部管理課長が参加。)。今後、基本設計調査、詳細設計調査を踏まえて、入札が実施される見込みです。JICAとしては、いわゆるハコものは当該グラントでまかなって、システムを運用してゆくための技術移転については、私が関与して、JICAプロジェクトを立ち上げていくことになると思われます。
 私のJICA専門家としての職務内容(Terms of Reference: 「TOR」といいます。)は、上記以外にも税関機能の向上について何でもできるとの書き振りになっているため、監視分野、税関分析所関係、税関研修所関係も含め、何でもできることとなっております。フィリピン税関には、今、麻薬探知犬は一頭もいません。過去、いましたが、既に全頭死に絶えました。また、監視艇も一艘もありません。自前の研修所もありません。フィリピン税関に対する一般の目は、「汚職の蔓延」です。フィリピン税関からは「日本語講座を再開して欲しい」、「薬物対策セミナーを開いて欲しい」、「インテグリティー強化のため日本税関の制度・実務を勉強したい」、「税関に隣接するフィリピン印刷局跡の未利用地の有効活用アイデアはないか」などの要望があがってきております。
 2004年の資料によると、我が国の貿易相手国としてのフィリピンの順位は14番目くらいで、貿易額は輸出入を合わせて約2兆円弱です。この貿易額は、1位の米国や2位の中国(香港・マカオを除く。)に比べるとわずか十分の1程度ですが、G8でいうところのフランス、カナダやイタリアよりも大きく、ロシアの約2倍の規模になります。
 また、フィリピンの貿易相手国としての我が国は、2003年までは2位だったのですが、2004年は1位で、貿易額は156億ドル(我が国の計上方法とやや異なりますが。)で、2位の米国(ハワイ及びアラスカを除く。)に僅差で勝っています。
 このような貿易の状況から、日本にとってフィリピンが、フィリピンにとって日本が、いかに重要か、ご理解いただけると思います。
 更に、フィリピンは覚せい剤など不法薬物の供給国として日本などへの密輸出が行なわれている模様ですし、最近には銃器の密輸出や、逆に日本からの盗難車がフィリピンに密輸入されかけていたということも報道されています。こうした密輸取締りの観点からも、フィリピンとの税関協力の重要性がおわかりいただけるものと存じます。
JICAにおけるフィリピン関税局へ専門家派遣は、1990年にフィリピンからの要請に基づき、初代のJICA税関専門家が派遣されております(Y・元沖縄地区税関長)。以来15年に亘って、JICA長期専門家が連綿と6名派遣されてきており、私が7代目に当たります。
 私がこれまでお世話になってきた、財務省関税局、東京税関、大阪税関、税関研修所、関税中央分析所、その他(財務省国際金融局(現金融局)、金融庁及び世界税関機構)での勤務経験や人脈、あるいは見知らぬ様々の方々のご支援を得つつ、諸先輩方の築きあげてきた輝かしい実績を汚すことのないよう、全力を傾注していく所存でおりますので、皆様の暖かいご支援・ご鞭撻をお願いいたします。



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連載「税関古掘れ話」J
神戸のマッチ 


 マッチ工業は東京にはじまるが、神戸でも間もなく大阪・名古屋とほぼ時期を同じくしてマッチ工場が創設される。明治10年のことである。明治11年(1878年)には清国向けにマッチ輸出がはじまり、マッチ工業は急速に拡大する。しかし、マッチ工業が輸出産業としての地位を固めるのは明治20年代を迎えてからであり、その中心は東京から大阪・兵庫に移る。そして、神戸におけるマッチ輸出は、茶・米に次ぐ第三位の座に躍り出るのである。マッチ工業はわずかな固定資本でも成り立つ労働集約的工業であり、零細な規模の工場が多く、内職労働者を集めているが、五指に満たない大規模マッチ工場は大阪・神戸に集中し、神戸には良燧合資会社・瀧川燐寸工場があり、この時期における神戸の重要産業のひとつになるのである。今回はこのマッチについてお話しよう。

 灯明やロウソクより明るいランプ。そのランプに外国人は小さな棒でサッと火をつける。日本では、カチッと火打ち石を鳴らし瞬間に出る火花を、薄い木片の先にイオウをつけた「付け木」に移す。簡単なようでこれがなかなか大変である。一口に火打石といっても石だけでは火は起きない。火打ち金という焼入れをした鋼(はがね)の縁を火打石で打ち擦るようにカチンと鋭く叩いて火花を出す。火打石は玉髄(ぎょくずい)や瑪瑙(めのう)が適しているようで日本各地で採れる。石英を使用する場合もあるが、火の出はあまりよくない。火打石というといかにも石から火が出るように思うが、石が火打ち金の金属面をこすり叩いた瞬間に鉄の方が削れ、その摩擦熱によって削られた鉄粉が火花になるのである。金属を削るわけだから、石の角は刃状になっていなければならない。

 「角とれて打つ人もなし火打石」

とあるように角のない火打石は役に立たないのである。この火花を受ける「付け木」は、松材を長さ5寸ほどに切り、それを薄くはがしたものに硫黄を付けて乾かし、何十枚かを一束にしたものが売られている。街中では付け木売りが天秤棒で付け木を担いで売り歩いているのである。カチカチと火花を打ち出して、付け木から炎になるまで約30秒を要している。こんな時代にサッと一瞬で火の出るマッチは日本人には衝撃以外の何物でもない。

 さて、マッチの輸入は、明治2年には早くも522円余り、明治6年には21,355円余り、明治9年には95,797円余りのマッチが輸入され、その普及の早さが伺われる。しかし、明治10年には、これが42,905円に半減する。さらに明治11年には輸出20,400円に対し、輸入が53,956円、明治12年では輸出83,588円、輸入34,050円と逆転する。明治13年には輸出360,967円に対し、輸入はわずか1,660円となり、国産品が舶来マッチを圧倒し、外貨獲得の担い手になる。舶来品の製造技術をまたたく間に消化し、あっという間に輸出に振り向けたのである。

 当時、日本に進出してきたのはスウェーデン製のマッチである。いわゆる摩擦マッチと呼ばれるもので、1844年に後世の世界を制するスウェーデンのヨンコピング社がマッチ工場を設立し、1852年に同社のルンドストレームが小箱の側薬に赤燐を使用した安全マッチを発明する。この発明から1855年に「スウェーデン式安全マッチ」として製造し、販売を開始している。このマッチは、明治4年から7年頃までは小箱ひとつが3銭という高い値がついている。明治7年の米価一升が7銭3厘であるから、その高値に驚かされる。当然ながら、一般家庭は手が出せず上流家庭や高名な神社仏閣専用の貴重品である。

 国内では、明治3年に横浜在住の外国人フラオン又はブラオンなる人物がマッチの製造を行ったといわれるが、果たして工場を設立したのか、企画に終わったのか不明である。はっきりした記録が残っている国産第一号は、明治8年、清水 誠が東京市の三田四国町、吉井友実氏別邸に設立するマッチの仮工場である。旧金沢藩士清水 誠は、明治2年欧州に留学し、当時外遊中の吉井に勧められて、マッチの製造法を研究したのである。翌年の明治9年、東京市本所柳原に「新燧社」を設立し、本格的にマッチの製造を開始する。

「日用品のマッチまで輸入しているようでは先が思いやられる。日本は山林国だ。軸木と小箱に困らない。国産化して輸入を食い止めるのだ。」
 
 こんな意気込みでとりかかった「新燧社」を拠点として、西南戦争を機にマッチ産業は全国各地に広がっていく。マッチ産業は、危険を伴う分業である。清水の提案で、製造に必要な労力があり、少々の危険はいとわない場所、つまり監獄がマッチ製造の場所になる。

 例えば、神戸では明治10年にマッチ生産が神戸監獄で始まり、明治12年に設備を拡張しているが、同年2月に監獄のマッチ工場から出火し、囚人3人が焼死したとの記録が残っている。この頃のマッチは黄燐マッチで、製造中に有毒ガスが発生する。歯がボロボロに欠け、骨をおかされるなどの欠点があり、一般市民が敬遠する仕事である。

 しかし、明治10年の西南戦争後は状況が変わる。戦費調達の紙幣乱発により、インフレが高まり、旧武家階級は生活が困窮する。食うためには働かなくてはならない。仕事のえり好みはできず、マッチ産業は政府や旧藩主の手で士族の殖産対策に取り上げられる。当時のマッチ工場には、葆光社(盛岡藩)、慈恵社(尼崎藩)、就光社(姫路藩)、積善社(膳所藩)、有恒社(岡山藩)、百做社(土佐藩)、徳潤社(徳島藩)、共勉社(高松藩)、蜂蟻社(高松)、真燧社(名古屋)、葎律社(金沢藩)などがある。

 しかし、所詮は武士の商法であり、長続きはしていない。武士は、物の売り買いで利を得ることを潔しとしない考えが強い。金銭にこだわることを多くの武士は恥と思う意識がその根底に強く残っているのである。商人は士農工商の最下位に置かれた職業、武士は土地から所得を得、自分でやる気さえあれば素人農業はできる。しかしながら、帳簿とそろばんだけはどうしても受け付けることができなかったのであろう。だが、こうした一連の動きがマッチ産業発展の礎となった。
 明治11年に初輸出を果たした20,400円分のマッチは、神戸港から積み出されている。輸入超から輸出超へと大きな力を発揮した神戸のマッチ業界は、政府の関与しない自己資本によるものである。自己資本であるからこそ収支を綿密に計算し、開港場神戸をめざして流れ込んでくる安い労力を利用する。加えて、神戸は薬品輸入や材木の集荷に便利な地の利がある。それに中国、東南アジア貿易の実権を握り、金融に強い中国商人、いわゆる華商の存在がある。こうした条件が整い、神戸は、全国各地のマッチ業界に打ち勝ったのである。

        マッチ製作作業(明治後期)
 明治12年4月、兵庫の湊町に明治社(本多義知経営)、明治13年3月、下山手通に堀工場、同年6月、湊町4丁目に清燧社(滝川弁三らによる共同経営)が設立されている。その後、東京下谷の公益社や前述の新燧社も大阪に移転する。ここに、マッチ代表企業の工場が阪神地方に顔をそろえる。明治14年の神戸のマッチ製造者は13、4人、大阪は約30人に達し、神戸港は、まさにマッチ輸出港の色を濃くしていくのである。 。
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今月の貿易統計

 

【2005年12月分】http://www.kobe-customs.go.jp/80boueki/01shiryo.htm

神戸港 輸出 4,892億円 (前年同月比+ 9.0%) 25ヶ月連続プラス
輸入 2,263億円 (    同  + 26.4%) 19ヶ月連続プラス
全 国 輸出 6兆3,383億円 (    同  + 17.5%) 25ヶ月連続プラス
輸入 5兆4,243億円 (    同  + 27.3%) 22ヶ月連続プラス

一口メモ
 神戸港における輸出入の総額は7,156億円(前年同月比14.0%増)と25ヵ月連続プラスとなりました。

 輸出額は半導体等電子部品やガラス及び同製品などが減少しましたが、プラスチック、金属加工機械、二輪自動車類などが増加しました。主要品目でもあるプラスチックは48ヵ月連続、実に4年もの間プラスを続けています。

 一方、輸入額は非鉄金属や音響・映像機器(含部品)が減少しましたが、たばこ、金属鉱及びくず、鉱物性燃料などが増加したことから、11月に続き、12月分として過去最高となっています。

ポートアイランド南上空より見た神戸港
      (写真提供:神戸市)
【2005年分】http://www.kobe-customs.go.jp/80boueki/01shiryo.htm

神戸港 輸出 5兆1,639億円    (前年比+  6.0%) 4年連続プラス
輸入 2兆4,542億円    ( 同  +  9.8%) 3年連続プラス
全 国 輸出 65兆6,612億円   ( 同  +  7.3%) 4年連続プラス
輸入 56兆8,760億円    ( 同  + 15.6%) 3年連続プラス

一口メモ
 輸出額は、阪神・淡路大震災のあった1995年以降初めて5兆円を超え、歴代5番目(最高は1992年5兆5,345億円)となりました。増加品目は自動車、インフラ整備等に使われる建設用・鉱山用機械、自動車や家電製品等の製造に使われる金属加工機械、液晶の部品等に使われるプラスチック、リチウムイオン電池などで、これら増加品目から輸出好調の背景には、世界的な経済発展に伴う消費、生産の拡大等があることが窺われます。

 一方、輸入額は音響・映像機器(含部品)などが減少しましたが、たばこ、金属鉱及びくず、無機化合物などが増加し、歴代6番目(最高は1990年2兆6,161億円)となっています。増加の要因は、モリブデン等の金属鉱及びくず、バナジウム等の無機化合物の価格高騰による影響が大きいものの、その他にも家具の増加や長年、神戸港の代表的な輸入品である衣類及び同付属品が5年ぶりに増加に転じるなど明るい兆しが感じられます

 この結果、神戸港における輸出入の総額は7兆6,181億円(前年比7.2%増)と、4年連続プラスとなり震災後最高、歴代4番目(最高は1991年8兆344億円)となっております。
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お知らせ&イベント情報

 

◎「みなとKOBEの原風景」展からG

 4月30日のメモリアルフェスタでは、(財)人と防災未来センターの協力を得て、終戦直後から60年近く、神戸港や異人館等を独特のタッチで描き続けられている  元鉄道マン「宇佐美 重」氏の「みなとKOBEの原風景」特別展を開催しました。

 当日、ご来場できなかった方に、特別展で展示した懐かしい作品をシリーズで紹介します。



   
京橋はしけ溜り
昭和51年6月画

 はしけは沖に船から降ろした貨物を積み倉庫に運搬

 中突堤、メリケン、京橋、生田川尻等、神戸港の至る所にはしけ溜りがあり、船頭の住居を兼ねる
はしけからは魚を焼く匂いも

 港の貨物運搬の主役だったはしけも、木造が鉄製となり、コンテナ化が著しく進捗した昭和50年代に入り徐々に姿を消した


◎神戸税関展開催日時決定!
   (2/22(水)〜2/27(月)10:00〜19:30◆最終日27日は18:00迄)
  

  
 時計塔通信第7号でお伝えしたとおりこの度、大丸神戸店9階催し場において神戸税関展を開催する運びとなりました。

 
 今回の神戸税関展においては、毎年好評のブランド品の真偽を触って学ぶコーナーをはじめとして返還紙幣展示、知的財産権侵害物品、密輸の手口、税関相談コーナー等盛りだくさんのラインアップでみなさんのご来場をお待ちしておりますので奮ってご入場ください。
前回の神戸税関展

◎神戸税関ライトアップ

  
 神戸は、六甲山や海からの夜景やルミナリエに代表されるように、その夜景の美しさは全国でも高い評価を受けてます。
 そのような背景の中、神戸市では、この強みをさらに生かし「光の都」としての地域イメージを普及・強化し集客を図る方向性です。
 そして2月16日の神戸空港開港を記念して実施される「KOBEロマンチックフェア」
(2/11〜3/31 日没〜22:00)
 神戸税関も市からの参加協力に応え賛同することとなりました。より地域に密着するためにも《開かれた神戸税関》
 夜の庁舎の姿も是非一度ご覧ください。
                  
画像をクリックしてみてください
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注:記事に関するご意見や投稿は神戸税関総務部広報室(koho@kobe-customs.go.jp)まで
投稿歓迎(お待ちしています)
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