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神戸港と貿易の開始@

 当時の貿易は、居留地貿易又は商館貿易といわれるもので、居留地に本拠をもつ外国商館と我が国の輸入商(引取商)、輸出商(売込商)が取引を行うという商館貿易の形態を長い間とっていました。
 日本の貿易商人は、資本規模の小さなものが大多数でした。一方、外国商館は、遥に大きな資本を擁していました。明治元年当時、神戸居住の欧米人は約200人でしたが、明治11年には約400人に増え、市場の独占率は輸出の94%、輸入の95%に達しました。
 先進資本主義国と途上国との立場の差、安政条約の不平等な取り決めの結果「商館貿易」の形態は長く続きました。安政条約による関税率は、輸出5%、輸入はゼロから35%まで品目ごとに条約で決められていました。税率を自主的に決められないので、関税による輸出入のコントロールはできませんでした。

 神戸港の貿易額は初年から大阪を超え、毎年急速度の伸長を遂げました。特に明治10年代の後半には、全国貿易に占める神戸港の貿易の割合は急速に上昇し、貿易港としての神戸の地位を確立しました。
 輸入では、生金巾(なまかなきん:細く上質な綿糸で目を細かく薄地に織った綿布)・綿織糸・石油・砂糖など日常生活に必要な商品が大きな比重を占めていました。明治5年は金巾類が伸び、綿製品が増加しました。毛・綿織物製品の輸入額は年々1.5倍ないし2倍の速度で増え、5年間のうちに14倍に増加しています。
 輸入毛製品の首位は服地用の羅紗類(ラシャ)で、特に大幅の羅紗、大羅紗が他の毛織物製品を引き離しています。神戸で明治5年にはじめて現れるメリヤス・モスリン・オルレンスの服地三品はその輸入額合計52万円で羅紗類の合計を超えました。
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                       居留地風景 神戸市立博物館蔵