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コンテナ化の対応


 昭和42(1967)年9月17日、コンテナ船「ハワイアン・プランター」が摩耶埠頭第3突堤N岸壁に初入港しました。これが、日本の海上コンテナ輸送の幕開けとなりました。輸出優先の大型埠頭として建設され、水深10〜12mを有している摩耶埠頭第4突堤には日本で最初のコンテナ基地が完成し、昭和42年11月29日、コンテナ船「パシフィック・トレーダー」が初入港し、ガントリークレーンの稼働が開始しました。摩耶埠頭は、東の東京品川埠頭と並ぶ西日本のコンテナ基地となり、時代の脚光を浴びました。摩耶埠頭に神戸税関摩耶埠頭出張所が設けられたのは、昭和39(1964)年でしたが、増大する貿易と輸送革新の中で、摩耶埠頭出張所の事務量は飛躍的に増加しました。

 昭和42(1967)年から始まったコンテナ輸送の進み方は著しく、コンテナ輸送に対応した近代的港湾の建設と住宅、国際交流施設などの都市機能を備えた海上都市を目指して、昭和41(1966)年にポートアイランド造成が始まり、昭和56(1981)年3月完成しました。

 昭和45(1970)年7月10日、アメリカのシーランドサービス社のコンテナ船「パナマ」がポートアイランドに第1船として入港し、大きなガントリークレーンでコンテナの積卸作業を行い、ポートアイランドのコンテナバースの供用が開始されました。ポートアイランドの建設により神戸港は世界有数のコンテナポートへと飛躍しました。
 なお、神戸税関ポートアイランド出張所は、昭和45年5月に新設されました。

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神戸税関とポートアイランド

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神戸税関ポートアイランド出張所入口