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戦後の神戸税関整備状況


 昭和30年代に入ると、欧米諸国の景気回復に伴って、世界経済は活況に転じ、わが国においても神武景気と呼ばれる好況期を迎えることとなりました。貿易量の増大に伴う事務量の激増と輸出入貨物の高度複雑化が目立ってきました。

 貿易の伸長とともに、神戸税関職員が増加し、次第に本庁舎が狭くなってきました。昭和39(1964)年、2代目本庁舎の西隣にようやく第1分館の建設が行われることとなりました。第1分館は、鉄筋コンクリート3階建て、1階が輸入改品場、2階に輸出の通関部門、3階に統計課と分析が入居しました。
 昭和40(1965)年から第1分館西隣に建設された第2分館も昭和41(1966)年に完成しました。第2分館は、鉄筋コンクリート4階建てで、1階が車庫、2階が印刷工場、3階が研修所でした。
 本庁舎以外では、昭和36(1961)年の突堤基部への監視線前進に伴って、各突堤に監所を新築しました。

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 本関庁舎の整備と並行して進められた本関出張所の整備状況を紹介します。
 まず、中埠頭出張所が中突堤入口東側に昭和33(1958)年に竣工しました。庁舎は鉄筋平屋一部2階建て、南北両面がすべてガラス張りという近代的なものでした。次いで、昭和35(1960)年、兵庫第1、第2突堤間物揚場の旧庁舎あとに、鉄筋3階建ての兵庫埠頭出張所庁舎が完成しました。続いて、昭和37(1962)年、第6突堤基部に鉄筋2階建ての東部出張所庁舎が建設されました。そして、昭和42(1967)年に、摩耶埠頭第2突堤の東側基部に茶色の近代的4階建ての摩耶埠頭出張所が完成しました。

 なお、神戸税関の職員数は、神戸税関が再開した昭和21年当時は、約250人でしたが、昭和42年には約1,700人までに増えています。

 

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昭和29年頃の神戸税関2代目庁舎 監所、石造りの門柱が見られる

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昭和29年頃の庁舎と三宮方面 玄関脇には税関バスが、遠くには市電が見える