全国の税関
  • 函館
  • 東京
  • 横浜
  • 名古屋
  • 大阪
  • 神戸
  • 門司
  • 長崎
  • 沖縄
現在位置:
ホーム > 神戸税関 > 税関古掘れ話 > 兵庫(神戸)開港 序章

兵庫(神戸)開港 序章

hyougokou.gif               開港4年前の兵庫港(神戸市立博物館蔵)

 

 1854年、米国東インド艦隊司令官ペリーは、徳川幕府と日米和親条約に調印し、2世紀半守ってきた鎖国を解き、列強に下田、箱館両港での食料、燃料等の補給と外交官の下田駐在を認めました。
 日米和親条約で下田に着任した初代米総領事ハリスは、江戸に乗り込み幕府と全14条の日米修好通商条約を1858年に調印しました。翌1859年7月箱館に加え神奈川・長崎開港、1860年1月新潟、1863年1月兵庫開港。直ぐに英、蘭、露、仏とも同様の条約(安政の5ヶ国条約)に調印しました。
 1863年1月兵庫開港の約束は、朝廷の反対や国内情勢から困難となり、窮した幕府は、駐日公使ではなく列強本国と直接交渉して開港を10年延期するため、竹内遣欧使節団(後の兵庫奉行「柴田剛中」や「福沢諭吉」も団員)を派遣した結果、兵庫開港は5年延期の1868年1月となりました。
 開港の期限が迫った慶応3年(1867年)、徳川慶喜は大坂城で各国公使と面談して開港期日遵守を言明したことから夜を徹しての御前会議を行い、勅許を得て、兵庫開港、江戸・大坂開市が正式に決定しました。
 幕府は直ぐに各国公使に勅許を通告し、天下に「慶応3年12月7日(1868年1月1日)兵庫開港」を布告しました。
 

 tokugawa.gif

                               徳川慶喜が兵庫港開港を約束

                                (神戸市立博物館蔵)